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入学して、二か月ほどたった頃だった。
俺は、初めて笹森美羽と言葉を交わした。
その日、放課後に先生の頼まれごとを手伝った俺は、すっかり遅くなった事に少し焦って、ほぼ駆け足で教室に向かっていた。
教室に戻り、足を踏み入れようとして、立ち止った。
夕暮れ時、薄暗くなった部屋に、人影がある。
机にうずくまっているような…黒いかたまり。
灯りのスイッチをパチ、とONにする。
「…笹森?」
びく、と肩を揺らして、笹森美羽が顔を上げた。
「あ…。春山くん…。」
半分寝ぼけたような顔で、呟く。
何かが顔に当たった状態で寝たのか、頬にスジが付いている。
「どうしたの。…寝ちゃった?」
笑いながら、自分の席に向かう。
「やだ…もう、こんな時間…。」
笹森美羽は、慌てて姿勢を正し、ペンを手に取った。
「日誌、書いてたの。…日直だったから。」
「そう。」
俺は、自分の鞄を手に取ると、教室の後ろの出口に立った。
振り返り、笹森の背中に声をかける。
「…じゃ、…ばいばい。」
「あ…うん、…ばいばい。」
廊下に出る。
長い廊下は、薄暗く、どこまでも遠く続いているように見えた。
一人でこの廊下を歩く、笹森の姿を思い浮かべる。
「……。」
俺はその映像をすぐに打ち消して、歩き出した。
角を曲がろうとして、…ふと立ち止る。
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