第1章

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教室に戻ると、笹森はまだ机に向かっていた。 「笹森。」 びくっと驚いて、振り返る。 「…どうしたの。…忘れ物?」 …ほんとに、どうしたんだろう。 自分が戻った意味が自分自身分からないまま、俺は口を開いた。 「いや…。どうせ、同じ方向だから…。 一緒に帰るかな、と思って。」 笹森の目が、揺れた。 「……いや、別に、…いいんだけど、さ。 もう暗いから、…怖いかなと、思って。」 すると、笹森が俺の顔を見て、…ゆっくりと微笑んだ。 …突然覗いた、大人の、女の顔。 ドキッとした。 そのまま、鼓動が速くなる。 「春山くん…。ありがと。…でも。」 笹森は、優しく言った。 「このあとちょっと…待ち合わせ、してるから…。」 …俺は、戻った事を後悔した。 待ち合わせしてるから、という彼女の、ほんのり色づいた頬。 今の、彼女の微笑みは、…。男を待つ、女の顔だったのだ。 落胆の気持ちを表情に出さないよう、俺は抑えた声で言った。 「そっか。……じゃ、もう遅いから、気をつけて。 また明日。……ばいばい。」 「…ばいばい。」 笹森が、小さく手を振った。 昇降口から校庭に出る。 空はオレンジ色をすでに失い、紫色からグレーに変わりつつあった。 ふと、校舎を見上げる。 ただひとつ、電気の点いた教室に、人影を見つけた。 小さく手を振るその人影に、俺は短く手を挙げて、足早に校門へ向かった。 ……そうだ。 あの時、確かに、笹森の影の後ろに、もう一つの人影があった。 あれが…彼女の待つ人、…庄司だったのだ。 .
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