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「……?」
笹森は、頬を染め、俯いていた。
さっきまでとは、明らかに様子が違っている。
唇をかみしめ…何かに耐えるように、じっと目を閉じている。
彼女の後ろに付いた、若いサラリーマンが、もぞもぞと手を動かしているのが目に飛び込んできた。
……痴漢…。
思わず足を踏み出そうとする。
強引に乗客の間をすり抜け、2、3歩進んだ。
誰かが、迷惑そうに舌打ちをする。
そして…俺の動きが、止まった。
……笹森…?
唐突に、俺は気付いた。
痴漢は、彼女の胸を撫で回しながら、表情を覗きこんでいる。
その、表情が…。
……頬を染めた彼女は、耐えているのではない。
…彼女は……。
嫌がっているどころか、まるで…。
「おい、おっさん!!」
突然、大きな声が、バスの車内に響いた。
庄司が、痴漢の腕をねじ上げて、睨みつけている。
「運転手さーん、痴漢捕まえたんで、停めてもらえますーーー?」
庄司は得意げに、運転席に声をかけた。
サラリーマンは、真っ青になってしきりに何かを呟いている。
違うんです、僕は…。ただ、偶然手が当たって…。
必死に言葉を並べるが、周りの目は冷ややかだった。
笹森は、じっと俯いて、吊革に掴まっていた。
結んだ髪の間から、赤く染まったうなじが見えた。
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