36249人が本棚に入れています
本棚に追加
「和にぃは?」
着替えてリビングに戻り、和真の姿が無い事に気付いた。
「デート、なんだって。…それなら、彼女も連れて来いって言ったのに、ヤダって。」
母は口をとがらせている。
「本命の彼女じゃないから、家に上げるのはだめなんですって。…まったく…。
本命じゃない彼女なんて、その時点でおかしくない?」
「…そうだね。」
俺は、笑いながら言った。
「和にぃらしくて、いいんじゃん?」
「…もう…。誰に似たんだか。」
母は、ぷりぷりしながら鍋をかき混ぜている。
俺は、食器棚から茶碗を取り出しながら、父の事を思い浮かべた。
和真の軽さが、オヤジの遺伝子でないことは、確かだ。
父は、厳しい人だった。
不器用で、力強くて、頑固な古いタイプの教師。
草野球チームの小学生相手に野球を教える時でさえ、手加減することはなかった。
眉間にしわを寄せ、いつも不機嫌そうに口を結んでいる。
遺影の写真、そのものの人。
だから…俺は、その写真を見るたび、いつも後ろめたくなる。
俺は、父の望んだとおりに、生きていない。
「今夜は…。」
俺は、ぽつりと言った。
「母さんも、デートなんじゃない?」
.
最初のコメントを投稿しよう!