第31章

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「笹森。」 私は飛び上がりそうなくらい驚いて、振り向いた。 春山くんが、後方の出入り口に立っていた。 「…どうしたの。…忘れ物?」 春山くんは、少し考え込むような表情になった。 「いや…。どうせ、同じ方向だから…。 一緒に帰るかな、と思って。」 私は、動揺した。 春山くんの言葉の意味を、理解できなかった。 どうして、…私に、一緒に帰ろう、なんて…。 「……いや、別に、…いいんだけど、さ。 もう暗いから、…怖いかなと、思って。」 春山くんは、少し顔を赤くして、私の顔をまっすぐに見つめ、言った。 私は、はっとした。 …心配してくれたんだ。 …この人は…。 …本当に、優しい人なんだ。 息苦しいほどに、胸が締め付けられる。 春山くんの暖かさが、私の心にゆっくりと広がった。 …この人が、…私に触れてくれたら。 どんなに私の心は、満たされるだろう。 「春山くん…。ありがと。…でも。」 でも。 …汚れた私が、春山くんに触れることは、決して許されない。 「このあとちょっと…待ち合わせ、してるから…。」 春山くんは特に表情を変えることなく、頷いた。 「そっか。……じゃ、もう遅いから、気をつけて。 また明日。……ばいばい。」 「…ばいばい。」 遠慮がちに手を振ると、彼はそのまま、暗い廊下の向こうに消えた。 .
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