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「言っている意味が分からないのですが」
「ああ、そうだね。君の住んでいた孤児院潰されるそうだね」
「――何故そのことを?」
この初老の男が言うように俺の世話になった孤児院の経営がうまくいっていないということで撤去されるという事を”昨日”聞いたばかりだ。
「風の噂さ。そこで君にお願いがある」
男は一拍置いて話を続ける。
「私達は同志を集めていてね。そこに君も加わってもらいたい。どうだろう、簡単なお願いだろう。それに君のお願いは孤児院を潰されないようにしてくれだろう? 当然それは叶えてあげよう。さて、君の返事は、私達の同志になり孤児院を救うか、断り孤児院を見捨てるか。」
瞬間、俺が思ったことは返事の内容ではなく、怒り、だった。
この男は俺が断れないのを分かっている。だから、俺の所に来たのだ。いや、この男の目的は俺であり、そのために弱みの一つである孤児院を狙ったのだ。そうとしか考えられないほど咄嗟のことだった。
俺は歯を全力で歯が砕けてしまうのではないかと思うほど強く食いしばり男を睨みつける。
本来ならこんな男の同志等になるものか。だが、今は状況が違う。俺の弟や妹がまた途方に暮れるのは絶対にあってはならない。俺のように希望を再び持てるようになったのにまたそれを捨てさせることなんか、せっかくの家を、家族を手に入れたあいつらを見捨てることなんか俺にはできない。
「あんたの同志ってやつになってやるよ。だから、孤児院を救ってくれ」
男は口元をほんの少し吊り上げて握手を求めてきた。だが俺は無視をした。
「――もちろんだ。では、出発だ」
「出発?」
「我達が同志の元へと行くのだよ。安心したまえ、大学側にも通達は済ませてある。この彼が道案内してくれる。君に神の加護があらんことを」
黒スーツの片方が俺の横に立ち、ついてこい、と一言だけ言い共に廊下に出た。
コーチはすでに廊下にはいなくなっていたのに気付いたが、さして気にすることもなく、さっさと歩いていく黒スーツの男について行くのだった。
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