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「本当にありがとうございました」
ユキはそう言って頭を下げた。
今日は晴れた。
まるで昨日の大雨が嘘のように、空には雲一つない。
「8年後を楽しみにしてるぞ」
「はい。ハントさんも、それまでお元気で」
俺は、ああ、とだけ応えた。
これでカズトの一家と別れると思うと、俺の腹はどうしようもなく熱くなった。
ハルコが死に、カズトが殺され、ユキも旅立つ。
孤児院のバスが近づいてきた。
あれに乗れば、ユキは18才になるまでの8年間、この街に帰って来れない。
きっと不自由な生活になるだろう。
だが、俺にはどうしようもなかった。
俺には保護権がなく、保護権がある親戚は葬式には顔を出しても、ここには来なかった。
この小娘は、そんな自分の立場を理解していた。
だからこそ、孤児院という選択をしたのだろう。
いや、本当は犯罪が蔓延る街に嫌気がさしたのかもしれない。
どちらにしても、ユキが8年という長い間、箱の中に閉じ込められる事実は変わらない。
バスがカズトの家の前に止まった。
この家は、3日前に買い手が決まった。
ずいぶんと買いたたかれたが、それでも18才になったガキが手にするには充分な額だ。
そのクソみたいな金と小さな石っころだけが、カズトの遺産というわけだ。
「石はお前の父親の物だ。お前がこの街に戻ってきたら返してやる。それまでは預かっててやる」
俺は、微笑んでいるクソガキに言ってやった。
ユキは少し考え、ありがとうございます、と言った。
「それじゃあ、行ってきます」
ユキは俺に手を振りながらバスに乗り込んだ。
もし、俺がユキの父親だったら、絶対に笑顔なんて作らせなかった。
ユキはクソガキだ。
今頃、乗り込んだバスの隅で泣いてやがるだろう。
強情なところなんてカズトにそっくりだ。
けど、8年後にはハルコそっくりの美人になってるだろう。
クソガキがどこまでハルコに近づけるのか見物だ。
その見物料として、預かり物の手間賃は取らないでやる。
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