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今日は私の大事な宝物の話をしたいと思います。
それは、『ある言葉が書かれた一枚の半紙』です。お世辞にも達筆と言えるものではなく,はたからみればただミミズが踊っているようにしか見えないかも知れません。
でも私にとっては,掛け替えのない,大事な宝物なのです。
それは実習の時に出会った患者様から戴いたものです。
その患者様、Aさん(仮名)はとっても明るくて優しい方でいつも他人への配慮を忘れない素晴らしい方でした。
そんなAさんはお習字の先生をしていたようで、毎日作品を作っていたみたいです。
でもある日…
Aさんは脳の病気にかかってしまい、右半身が麻痺して思うように動かなくなってしまいました。
更に言語障害も残り、伝えたい言葉がなかなか出てこないという後遺症が残ってしまいました。
それでもAさんは頑張ってリハビリを続けていて、常に笑顔で周りの人をいたわっていました。
そんなある日、私がAさんの病室を通り掛かったとき、Aさんは声をあげて泣いていました。
『どうされました!?大丈夫ですか?』と駆け寄る私に、Aさんが弱々しく答えました。
『筆が…』
『筆?』
『筆が…持て…ない…の』
『…』
私は茫然としていました。
いつも明るく振る舞っていたAさんが…?
そうですよね…
大好きだったお習字ができないんですものね…
辛かったんですよね…
苦しかったんですよね…
動かない身体がさぞもどかしかったでしょう。
私はそんなことを考えていました。
すると『手を…握って…くれ…ませんか…?』
と Aさんがいいました。
私は何も言えず黙って手を差し出すと『あり…が…とう』と言ってしばらく私の手を握っていました。
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