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「――ショウ、ちゃん?」
「あぁ、悪い。何だ?」
「何だ、じゃないよぉ。ショウちゃんはどっちが良いと思う?」
ここはごくありふれた、下町の雑貨屋。
僕は、彼女の相原夏奈美(アイハラ ナナミ)を引き連れて、大学のサークル内でちょっとした話題をさらっているこのノスタルジック漂う雑貨屋に足を運んでいたのだった。
目的はというと、
「この指輪もかわいいね。ショウちゃんはどう?」
指輪を買いに来ていた。
既に同棲生活を始め、学生結婚をも見据えている僕らは、雑貨屋で結婚指輪を買おうとしていたのだ。
もちろん、宝石店でダイヤモンドをあしらった指輪を、ローンを組んで購入する事も考えた。
しかし、お互いに幾つもバイトを掛け持ちし、なんとか生計を立てている僕らには到底買える金額ではなく、ローンを払う程の余裕もなく、金銭的に諦めざるを得なかったのだった。
そこで、僕は安いペアリングで我慢しようと提案し、今に至るのだが……、
「ショウ、ちゃん……?」
「……んぁ、あぁ。かなり似合ってるぞ?」
考え事をしていた訳ではなかった。
僕は、純粋に夏奈美に見とれてしまったのだ。
どう? と夏奈美が顔の前に手の甲を出す。よく婚約発表をした芸能人が、カメラに指輪を見せるような――そんなありふれた仕草だったが、
「そう? 良かったぁ~」
安堵の表情を浮かべ、胸を撫で下ろす夏奈美。
その優しさが滲み出る笑顔に、つい僕は心を奪われてしまうのだった。
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