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「……ショウちゃん?」
「おう、何だ?」
……いかん、また見とれてしまっていた。
僕は平然を装って、夏奈美に問いかけた。
「何って……もう時間だよ?」
「あ……って、あぁ!?」
手元の腕時計を見て、はっとする。
今日はこれから、有名ホテルで夕食をとる予定だったのだ。
時間的に、そろそろここを出て、ホテルへ赴かなくてはならない。
「じゃあ、また来るか。その時に、またゆっくり選ぼう」
出口に向き直りつつ、夏奈美に声を掛けた。
「うん。そうするね」
夏奈美は屈託のない笑顔で返してくれた。
そして僕はドアを引いた、すると上部に施されたベルらしき装飾が音をたてた。
開かれた後、冬の冷たいビル風が僕らを店内へ押し戻すように襲いかかった。
「――さむっ!?」
店の暖房に慣れてしまって弛緩しきった身体が、寒さで一気に縮みあがる。
「今年一番の冷え込みらしいよ? 早く行って、ゆっくり暖まろうよ」
チェックのマフラーに首を埋め、夏奈美が提案する。
確かに、このままでは二人して風邪を引いてしまうのが目に見えている。
これからの時期は、病気一つが命取りだ。体調変化には、より一層気にかけなければならないのは、僕や夏奈美も重々承知だ。
そこで、僕は夏奈美に思案を伝えた。
「……新たな出費は、今だとかなり痛いな。駅まで走るか」
一瞬、夏奈美の表情が強張った――ように見えた。が、すぐさま、
「……分かったよ」
そう言って、夏奈美は人混みの中を縫うように走り出した。
暮れなずむ街中の、大通りを覆うように植えられている街路樹に、一斉に灯がともる。
それを見て、街路樹の足元に彼女連れの人々が集まり、歓声を上げたり、携帯電話のカメラのシャッター音を鳴らしていた。
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