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その光のコントラストと、混沌とした人混みの中を、僕と夏奈美は駆け抜けていった。
大きな交差点、信号は青。
僕は後ろの方で聞こえた、微かな悲鳴に振り向いた。
そこでは、道路の真ん中で転んで膝をさすっている夏奈美と、
「――――っ!!」
それに猛然と、今まさに突っ込もうとする、信号無視を犯した白いバンが一台。
「夏奈美ぃぃぃ――っ!!」
気がついたら、僕は無意識の内に駆け出していた。
そして、
「きゃ――」
茫然とする夏奈美を庇うように、僕は身を投げ出した。
――……。
バンパーが僕の目前へと迫る。
時が止まったのでは――、と僕の頭は冷静に分析を始める。
そんな、スローテンポの光景の裏で、僕は不意に脳裏に過ぎる昔懐かしい出来事の数々に、思考を費やしていた。
――これが走馬灯か……。
死を間近に迎えた僕の脳は、至って冷静だった。
――む……、死を間近に?
それは、次第に大きくなっていく。
――そうか。僕、死ぬんだ……。
僕は目を閉じて、来たるべき衝撃に身構える。絶対に、夏奈美を死なせたりはしない――。
と、
暗転していく視界の中で、ある光景がはっきりと浮かび上がる。
それは、過去にあった悲しい出来事。
いつもなら、悲しみや哀しみのイメージを彷彿とさせるモノだったが、今回ばかりは、僕はつい表情を緩ませてしまった。
――そうか。あの時、ぼくは――。
思考が停止していく。
視界が暗くなっていく。
だがしかし、その表情は綻んでいく。
――ぼくにも、できたんだ。ぼくにも、守れたんだ……。
目の前で全てを失い、理想や夢や願いを打ち砕かれた、あの忌まわしい出来事が、今はとても清々しいモノに変わった。
全ては、あの時果たせなかった事を、こうして実行出来たから。
――ヒーローに、なれたから。
そして最後に、
――キノ――。
と。
そして、僕は意識を失った。
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