第一章 【N,N】創刊の背景

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 「もう。海野君たら全然聞いてない」  必死で喋り続けていたのを無視されたきーちゃんは、可愛く拗ねた声を出す。  如月お嬢様に乙女モードで迫られながら、それを無視してこちらの話に参加できる海野君は、やはりただ者ではない。  「うん全然。俺、オチない話には興味ないねん」  というより、うちの学校でこれだけきーちゃんを無下に扱うことが出来るのは、先生を含めても彼以外にはいない。  「……ごめんなさい。でも、ニックネームなんて楽しみだね、海野君!」  それでもメゲずに話に割り込んでくるきーちゃんの乙女魂も凄い。とても『真剣なんだから』という訳の分からない理由で、探偵を雇い海野家の身辺調査までさせたお嬢様とは思えないひたむきさだ。  改めて二人を見てみる。そして『もう観念したら?』と海野君に念を送っておいた。私がこんな風に金持ちお嬢様の恋を、友達とはいえ嫉妬もせずに応援できるのには理由がある。  きーちゃんは、他の人からは少し高飛車なお嬢様と思われがち(実際他人には高飛車)だが、海野君の前では、とても純粋な乙女に変貌するからだ。  だってきーちゃんは、海野君に気に入られるために、世界で最も貴重なものの一つである女子高生の週末の時間を、大阪で行われているお笑い芸人の講義に費やせるような女の子だから。  海野君と並んで歩くために、世界で最も大切なものの一つである女子高生の放課後の時間を、彼女の人生にはなんの役にも立たないであろう低俗なお笑い番組に浪費できるような女の子だから。  しかもいずれの次の日も、私にあれこれ説明させては熱心にメモを取り、尚且つ質問攻めをしてくるような女の子だから。  というわけで私は、最近ではすっかりきーちゃんを応援する側になっている。しかしよく考えれば、こんな風に私が彼女を応援してしまうのも、彼女の魅力のなせる業なんだろう。そうだとすると、つくづく世の中って不公平だなあと思ってしまう。  誰か私を応援してくれるような奇特な人は現れないだろうか? それが、優しくて面白い男の人なら、それに越したことはないんだけど。  七海。俺、ずっと応援してるから。彼はそう言うと私の頭をそっと撫で……うわー! そんなのダメー!  ……などと、こんな妄想で喜んでいる私なんぞが先ほどのスーパーテクを披露する日は、まだまだ来てくれそうもない。
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