1.順子の場合

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1-1.放課後の図書準備室  狭い部屋は一面、夕焼けのオレンジで染まっていた。小さな窓から差し込む光の筋の中で、細かい埃が舞っているのが見えた。その光の横に、何かを考え込むように佇んでいたのが、あの人だった。  上条融(とおる)先輩。2年。私は、まだ入ったばかりの1年生。  片田舎の高校の図書室なんて、大した蔵書があるわけでもないから。委員の仕事としてカウンターに座っていても、実際の「仕事」なんて本当に時々しか来ない。私は、「仕事熱心な」委員だって誤解されているかも知れないけど、実際は、ちゃんとここに来るのは、半分くらいは、彼に会うためだったのかも知れない。  上条先輩は、放課後、図書準備室の窓際の片隅に置かれたテーブルがいつもの定位置。彼はこの学校で唯一の「文芸部員」だ。正確には、部員が1人しかいなくなって既に愛好会に格下げされていて、部室棟にあった部屋も取り上げられてしまっている。学校司書の女先生が、好意で準備室のテーブルだけを貸し出している、と聞いている。  元々は専用の部室に置いてあった機関紙の束も、そのテーブルの上で、無骨なグレーのブックエンドに挟まれて窮屈そうに鎮座している。  彼は活動している。たった1人になっても。ただ、その活動はたいていの場合、本を読んでいるだけで、傍から見ると、準備室に住み着いている座敷童みたいだ。  図書委員としてカウンターに入るようになってからしばらくは、実のところ、彼のことはあまり気にしていなかった。  ウチの学校はあまり「先進的」じゃないので、未だに蔵書や貸し出し管理はほとんど紙。なので、本の裏に貼り付いている貸し出しカード用のポケットとか、本の背表紙にくっついている分類用のラベルとか、カバーや本自体の修復に使う透明の、やたら粘着力の強いガムテープ的なものとか、そういう細かい物を取りに入るくらいでしか準備室は入らない。司書の先生が、これまた随分古そうなパソコンで仕事をしているんだけれど、2人の間には特に会話らしきものがあるわけでもなく。なんだかすごく変な感じだ、と思ったことはある。  ただ、それだけだった。
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