1.順子の場合

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 中質紙にコピーして、ホチキスで止めただけの簡単な冊子には、小説や絵が思い思いに書いてある。小説は一応活字化されているから、パソコンがあったのかも知れない。それとも誰かの私物なのかな。その内容についてはあまり深くは読まなかった。上条先輩の書いたものにはなんとなく目を留めたのだけれど、彼は創作ではなくミステリー談義的な、書評のようなものを書いていたので、やっぱり深読みするのは止めておいた。ネタバレがあるとちょっと悲しいから。  私も本は好き。専ら読む方で、書く方の才能は全くないのだけれど。友達と呼べるような人は学校にはいない。休み時間は本と一緒にいる。先輩もまた、「創作者」ではなかったことに、なんとなく安堵してしまっている自分がいた。本が好きだからこそ、小説を──自分の中で物語を紡げる人、というものは、なんだか恐れ多いのだ。簡単にお近づきにはなれない感じがするから。  機関紙を通して、先輩と少しだけ言葉を交わすようになった。  優しくてふわふわした人だって、そう思った。どこまでもどこまでも柔らかい人。  男の人と言えば私には、あまりいい思い出がない。家族にも、学校でも。だからそれまで誰かを好きになったこともなくて、物語世界の中にある「恋愛」という砂糖菓子は、自分には縁のないフィクションのものだとしか思えなかった。異性を、誰かを、好ましいとすら、思えたことがなかったから。  でも先輩は例外だった。私にとってそれは初めての「好意」だった。  それが恋と呼べるものなのか、私にはよく分からなかったのだけれど。  先輩には、それまで私が見知っていた男の子たちのような、ごつごつした、ギスギスしたものを、感じなかった。  少なくとも、何の不快感もなく話せる「男の子」は、彼が初めてだったのだ。
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