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委員会の仕事の隙間に、司書先生の不在の時を狙って、私はなんとなく先輩と話をするようになった。そしていろんなことを聞いた。
文芸部のこと。先輩自身のこと。二卵性双生児の、夏樹(なつき)という名前のお姉さんがいること。通学に使っている列車、降りる駅が同じだったことも分かった。駅を出て向かう方向は反対だけど。本が好きで、中でも「答えのある」話──つまりミステリー的な話をよく読んでいること。
「現実にはね」と先輩は言う。「1か0かで答えの出せないことが多いってよく思うから。だからせめて物語の中では、ちゃんとした『解決』が欲しいのかも知れない」
その時の先輩の目は、ほんの少し辛そうな何かを孕んでいたように思う。私には、それが何なのかなんて、全然想像がつかなかったのだけれど。
──そんな日々が平和に続いた夏休み前。
先輩は、夕焼けの訪れが遅い夏の空を窓から見上げて、私がそれまで見たことがないような怖い顔を、していた。私には、怒っているように見えた。目線の先が上空だったから、「誰に」なのかは分からないのだけれど。
でも、私の足音に振り向いた彼はいつものようにまるい笑顔で私を出迎える。
胸騒ぎがしていた。悪い予感なのかいい予感なのかは判然としないまま。
彼は、すっかり定位置のパイプ椅子に腰を落ち着け、私もなんとなく丸イスを引き寄せて座った。
そして。
「……三谷さん」
「は──はい」
三谷順子。それが私の名前。彼は私にまで「さん」をつける。後輩だから呼び捨てでもいいのに。いつもならそんな感じで返すこともあった呼び方。たたその時の名前には、なぜかほんの少しだけ変な緊張感が、含まれていたように感じた。
「ものすごく、失礼なことを、聞いてもいいかな」
私は首を傾げた。
「失礼かどうかは、内容を聞いてみないと……なんとも」
「……そうだね」
「あの」先輩があまりに分かりやすく落胆したので、私はつんのめるように付け加える。「つまりその、内容によって私が『答えたくないです』って言ってもいいってことなら、その……」
「聞いてもいい?」
「どうぞ」
先輩は今度はあからさまに不安そうだった。なんだか小さな子供みたいに見えた。いつだって優しくて柔らかかったのに。こんな風に奇妙なほどマイナスの感情が見え隠れしている先輩は、ちょっと新鮮だった。
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