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「……三谷さん」
「はい」
仕切りなおし、とでも言うように居住まいを正して。
「──か」
か?
「っ──彼氏は、いますか?」
ぽかん。
私はたぶん、そんな表情だったと思う。
それまで、どんな恐ろしい質問が来るんだろうとちょっとだけ身構えていた私にとっては、まるで予想していなかった言葉だった。
「……あの、先輩?」
「は──はい」
最初と立場が逆転する。しゃちほこばった返事。喉元からちょっと笑いがこみ上げて来た。
「わた……私に、あの」あああ、どうしよう、なんだか笑い混じりになって来ちゃった。「彼氏、いるように、見えますか?」
「えーと」先輩が今度は申し訳なさそうに。「だからその……失礼な質問じゃないかなぁと」
なるほど、居ないと想定されていた、ということかな。それならなんとなく納得。
「先輩の、お見込みの通りです。私、生まれてこの方、そういう方面には全く縁がなくて」
ふざけたような声になってしまった。言い終わってもちょっとだけ、まだくすくすした笑いが抜けない。
だけど。
次の先輩のセリフで、私のそのくすくすは強制的に止められることになった。
「じゃあ、……お付き合いを、申し込んでも、いいかな」
頭の中より先に、体の方が先に反応したみたいだった。自覚出来るくらい頬に熱が上がる。すぐに耳の先まで広がって、頭の中にあった全てがするんと抜けてしまったみたいだった。
言葉が、探せない。
私が──この私が、男の人に『お付き合い』を申し込まれるだなんて。そんなことはたぶん、一生縁がないって、小学生の頃からずっと思い込んでいたのに。
誰かが好きになってくれることなんか、ないって思っていた。それに自分も、男の人がイヤだった。キライだった。父も、親戚の人も、もちろん他人も。同世代のオスなんて、ヒトを上っ面だけで判断して、みんなに合わせて騒いだりふざけたりするだけの幼稚なイキモノだとしか、思っていなかったから。私の人生に、恋愛なんて経験は永遠に訪れないのだと、思っていたから。
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