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そうして始まった僕と彼女の生活は穏やかなものだったけれど、なんだか見えない一線が敷かれているようだった。
お互い事情があることは察しているんだろう、彼女も僕も自分のことは全く話さなかったし、相手について必要以上に知ろうとはしなかったからだ。
だから僕と彼女がお互いについて知っているのはたった一つの情報だけだけど、それだけで充分だと思う。
「祐さん、灯油まだ入ってますか? もし良ければ入れてきますよ」
「あ、無いかも」
読んでいた本をうつ伏せに置き、身を伏してストーブ内の灯油残量を見ると、朝から付けっぱなしだったためか予想以上に減っていた。
スイッチを押すとバツンと奇妙な音を立てて消えたストーブからタンクを抜き、ありがとうと言いながら僕はほんのり暖かいタンクを彼女に渡す。
祐さん、と彼女が呼んだ僕の名前を脳内で意味も無く反芻しながら、リビングを出て行く彼女の後ろ姿を見ていた。
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