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「さぁ。私も話に聞いただけだから。節のある膜のような翼で飛んで、時に霧のように姿を消すんだろう? 三年ほど前に首に噛み跡のある死体が続出したが、そいつのせいじゃないかって噂で厳戒態勢をしいた。未だに夜は見張りを強化してる」
心の動揺を悟られまいと一気に話してしまってから、慌ててマニは口をつぐんだ。
言い過ぎた。
気付いただろうかと男を盗み見る。
「夜じゃないと現れないって、ケチなゴールドだよね」
ケンタウロは目を細めて通りの向こうを眺めている。
何を考えているのか、腹の底が読めない。感情の表れそうな瞳も、思いのほか長い睫毛に遮られ、その姿を隠している。
この男はどこまで嗅ぎ付けたのだろう。
不意に男がマニに向き直った。男の赤みがかったグレイの瞳が、めがね越しに絡みつくようにマニの瞳を捉える。
その途端、マニは動けなくなった。
「君みたいにきれいな人は、気をつけなきゃいけない」
男はそっと手を伸ばし、マニの首筋を優しく撫でる。
道端に打ち捨てられた、死体たちに付けられた噛み跡と同じ位置。
「本物は、君の手に負えるような代物(しろもの)じゃないんだから」
優しく慈悲深い、哀れむような声。
目の前の男の輪郭が、滲んでぼやけるような錯覚に襲われた。妙に現実感が薄れる。
なぜ今、自分はここに立っているのだろう。
マニは一瞬、全てを話しそうになった。
交替の者が来なければどうなっていたか分からない。
軽く手を上げて離れていく男の背中を見ながら、マニはやっと開放されたと感じた。
手の平にべったり、汗をかいていた。
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