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彼女の父親がこんな風に動かなくなったのは、数ヶ月前。
車道に飛び出してきた子どもを避けようとしてハンドルを切った父親は、そのまま電柱に突っ込んだ。
奇跡的に一命は取り留めたのだけれど……
いつ危なくなってもおかしくはないと、医者には宣告された。
目覚める確率は、それこそほんの一握りの奇跡。
平凡で、でも幸せだった……そんな日々は、その日からなくなった。
父親は、もう笑いかけてくれない。
母親も……涙しか最近は見ていない。
“灰色”
白にも黒にもならない、
どっちにいくこともできない。
人生という物語は、灰色に染まりつつ。
「……」
病室の前に立ち、数秒扉を見つめる。
暫くして、空烏は決心したようにノブに手をかけた。
音を立てることもなく、扉は開く。
真っ白な病室の中、入ってきた空烏に気付くこともなく彼女の父親は昏々と眠っていた。母親は外に出ているのか、姿はない。
「ただいま……」
空烏は僅かに微笑んで父親のベッドへと歩み寄る。静かな空間に、父親の体に送るための酸素機械の音だけが響いている。
開け放たれていた窓から風が入り、純白のカーテンを揺らした。
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