或いはサンタ

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「ねえねえねえねえ、私さぁ、まだクリスマスプレゼントあげてなかったよねぇ? 私はサンタさんと違って優しいからさぁ、悪い悪ーい■■君にもプレゼントあげるよぉ?」  乾き切った唇から出るのは、気の抜けた湿った空気だけで、眼を見開き首を傾げる彼女への言葉は形を成さなかった。  実際、●●さんに気があったのは事実だ。束縛の厳しい彼女に嫌気が差していたのも事実だ。だけど、間違い無く最愛の人は彼女だった。それが言えない。それに、言った所で一蹴されるのは目に見えていた。 「えへへー、これなーんだ」  彼女が背後から出したのは、白銀に輝くケーキナイフだった。 「キリストは槍に刺されて死んだらしいけどぉ、ごめんねぇ、そんなの用意できなかったんだぁ。でも包丁は痛いだろうからぁ、〝これ〟にしてあげるねぇ。優しいでしょう、私ぃ」  えへへーと笑う彼女の顔には、かつての可愛げは微塵も無く、笑声は恐怖を助長するだけだった。  何となく、解っていたのかもしれない。彼女が部屋に戻って一回転した時、凶器らしき物が見えたから。それは ケーキナイフで、後でケーキを切り分ける為の物かと思っていたら、実際大筋その通りで、違いは切り分けられるのは俺という些細な一点だけで── 「今度はぁ、良い子に生まれてきてねぇ? そしたらぁ、また私を愛してねぇ? 私もまた■■君を愛してあげるからぁ。悪い子だったらやり直しだけどねぇ、うふふっ」  そして、彼女はナイフを握る右手を振り上げると、薄ら笑いを張り付けた顔で俺を直視する。それに、俺は、ようやく動いた声帯で、拙い言葉を吐き出した。それは、怨恨でも恐怖でも憐憫でも無く、純粋な気持ちで── 「……メリー、クリスマス」 「私も愛してるよぉ、■■君」 「……あは、■■君、服真っ赤ぁー。私とお揃いだねぇ」  
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