第1章『鳴き砂』

2/28
49人が本棚に入れています
本棚に追加
/40ページ
      ◇  ◇  ◇  "人未満の空"――広大な空が束ねられ、小さな窓から光を降ろす。それが彼女の空だ。  人の空より近くとも、触れることは叶わない。ほんのわずかな空の欠片さえも深い底にまで降りることはなかった。  そこは地上に収まりのつかない罪人がほうり込まれる牢獄。およそ数百人を収容できる石造りの部屋に窓はたった一つ。それも首をいっぱいに天井に向ける高さに、子供すら抜けられない狭さのものだけ。あまりに儚げな蜘蛛の糸は見向きもされない。黒い泥沼に沈んだかのような底では朝、昼、夜の感覚が失われる。さらに進行すると時間の感覚も失われ、永遠とあいまいに混じり合った一日を繰り返す。多くはじっと動かず、時々しびれを切らして鈍くうごめくだけになる。  氷と紛う冷気を孕んだ石床、腐臭や異臭に鉄の混じる生臭さ、他になにもない空間にも理性が麻痺させられていく。茫然と時間をつぶし、数日に一度だけ窓から投げ込まれるパンと穀物の類を奪い合い、殺し合う――生理欲求を満たすためだけの獣と化す。  食料にありつけても牢獄は衛生面、肉体面、精神面、どれ一つ満たさない劣悪さ。病気か、飢餓か、発狂か、または殺されるか。どれが早いかという問題だ。  彼女が生きてきたのは人の住めるはずもないこの地底だった。その姿はまだ幼い少女。生を受け、物心つく年齢まで成長したことこそ信じがたい。異常、異様、もはや人であるのか。  人未満に生まれたがゆえに原始的な生存本能に目覚めたのか、生まれながらの怪物なのか。ただ、そこに彼女は存在していた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!