1人が本棚に入れています
本棚に追加
私はあの時まで、普通の人間だった。
蝉が五月蝿く愛を求めていた夏、6つになったばかりの私はお盆にあわせ、お父さんの実家へ遊びに行った。
じいちゃんは少し変わった人で、着いた早々挨拶もほどほどに、私に赤い浴衣を着させた。それは大きな朝顔が描かれた物で、幼い頃の私は別に窮屈に感じるわけでもなく、ソレを受け入れていた。次の日は赤い生地に金魚が泳いでいる物。そしてその翌日もその又翌日も、赤い生地だった。
『赤には魔よけの効果があるからね。いちこは嫌いかい?』
『ううん、いちキレイで好き!』
抱きつくと、じいちゃんは笑って、緑の匂いで包み込んでくれた。
「ぎゅーちゃん、遊び行こう!」
こっちにいる最後の日、外で呼ぶ声に私は起こされた。
まだねむけ眼な私は、ウトウトと布団の中でお母さんと私を呼んだ子のやり取りを聞いていた。こっちに来て一緒に遊んだ子達には今日帰ることを伝えていた。だから昨日の夜はいつもより夜更かしして、別れを惜しんだんだ。
お母さんの笑い声にどこの子だろうと、おぼつかない足で玄関に向かうと、男の子が一人立っていた。子供がクレヨンで修正するように、顔を黒で塗りつぶされた男の子。でも、知らない子、ではない。いつも遊んでいると気がついたらいる。『??くんだよ』と隣の家の子が言っていた。私も『??くん』と呼んだことがある。あるのに何故か思い出せない。顔も勿論ちゃんとあったのに。
「あ、ぎゅーちゃん!おはよう!!」
今更だけど、私の名前は『ぎゅー』じゃない。牛嶋いちこ。その当時はじいちゃんが私をみんなに覚えてもらいたく、牛の字をもじって『ぎゅーちゃん』と呼ばせてた。だからお母さんもお父さんもみんな、その時は私を『ぎゅーちゃん』と呼び『牛嶋いちこ』とは呼ばなかった。
でも、これには本当の意味がるというのを後で聞いた。
最初のコメントを投稿しよう!