1人が本棚に入れています
本棚に追加
『ぎゅーちゃん、ぎゅーちゃん』とニコニコ笑いかけてくる子に、私もつられて笑い、『おはよう』と挨拶する。
この子が誰だったか、そんなことはとうに頭から消えていて、私はその子の誘いにのった。
玄関口でお母さんの声がしたけど、私はそれに軽く返事をし、目線は私の手を引く少年の背に向けられていた。もう頭はこれからのことでいっぱいだ。
私の赤い浴衣と少年の白い浴衣が、空の青に映えた。
「ぎゅーちゃん、行こうよ!」
「や、怖いもん」
「大丈夫だよ!僕が引っ張ってあげるから!」
里山の中で一番大きな木に私達は来ていた。少年は嫌がる私を置いて既に木の枝に腰掛けている。
「ね、僕だって上れるんだ。ぎゅーちゃんも大丈夫だよ」
私はその言葉を鵜呑みして、頑張って木に登ってみた。小さな窪みに足を入れ、上だけを見て登る。草履は途中で脱げてしまい、足袋は汚れてしまっている。あと少しで少年のところに届くというところで、ちいさな手が見えた。
「重いよ?」
「平気だよ。僕こう見えて力あるもん」
正直今手を放すのは恐怖でしかなかった。もし手を放して落ちたらどうしよう。掴んだとしても、一緒に落ちちゃうかもしれない。
ぐるぐるぐるぐる嫌な事ばかりが、頭の中を駆け巡る。
「やっぱりダメ!」
「大丈夫」
ダメだといっているのに、少年は大丈夫としか言わない。
「本当に本当に本当?」
「うん!」
少年は体を前に出し、私へと手を近づけた。
私は意を決して、少年の手を掴む。すると少年は、ぐっと力を入れ、私を強く引っ張った。
「わっ!」
体が幹から放れ、宙に浮いた。それは一瞬だったのかもしれないが、私には1分以上の事のように感じ、枝に乗ったとき、しがみついてしまった。
少年は泣きそうな私を慰めるかのように、丸めている背中をぽんぽんと叩く。
「ほら大丈夫だった」
「ごわ、ごわかっだ」
「あはははは!本当はもっと上まで行かなきゃいけないのに、ぎゅーちゃんは怖がりだな」
少年が指す上とは木のてっぺんで、私は無理無理無理と更に枝にしがみついた。
「ん~、じゃあしょうがないか。ぎゅーちゃん、僕の背中に乗って」
この時の私はとにかく降りたくて、私をおぶって降りるのかと思っていた。いや、普通はそう思うだろう。けれど、少年は違く、私をおぶると木を登っていった。
最初のコメントを投稿しよう!