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「何で登るの~!」
「だって、こうじゃないと見えないよ」
「見なくていい!見なくていいのぉ!」
もう完全に泣いていただろう。
とにかく下を見たくなくて、少年に抱きついていた。少年のぬくもりが、心を落ち着かせる唯一のものだった。
「ほら!ぎゅーちゃん見て」
「見たくない!」
「大丈夫だよ。ぎゅーちゃん、僕は君を落としたりしないし、君を怖がらせたりしない」
その口調は私を落ち着かせるもので、背中に押し付けていた顔を、ゆっくりあげた。
「わぁ!」
「気に入った?」
返事の変わりに、コクコクと何度も頷いた。
私の視界にうつるのは、この町全てで、それはとてもちっぽけなものだった。地面を歩いて感じる町はとても広く、一日では制覇できない。けれど今私の目の前に広がる景色は、本当にそれと同じ、私の知っている町なのだろうか。山が町を囲んで、この町が形成されている様が一瞬で分かる。
田んぼが大半を占めるここは、稲穂をつける前の鮮やかな緑はとても美しかった。上と下では見方が変わる。ただの田舎町だと思っていたけど、この町は美しかったんだ。
顔は無いけど、私の断片的な記憶の中で、少年は嬉しそうに頬を染め、笑いながら私に説明してくれた。
「僕はここから町を見るのが一番の楽しみなの。町の人たちの生活が丸分かりで、面白い」
この町がまるで自分の物のように思えてこない?という問いに、私はまだ頷く事しかできなかった。
私と少年は日が頭のてっぺんに来るまでそこにいた。
「ぎゅーちゃん、帰っちゃうんだよね」
「うん」
「やだなぁ。ぎゅーちゃん、こっちに住んじゃえばいいのに」
「うん」
私もそうしたい。
ずっと、この景色の中に居たい。
「あ、お母さん」
家からお母さんが出てきて、荷物を車に積んでいる。
そうだ、もう帰らなきゃいけない!
「私、帰らなきゃ!」
いつの間にかそこにいるのが慣れてしまっていた。けれどそれが間違いだった。そのまま立って足を滑らせた私は、真っ逆さま。
「ぎゅーちゃん!!!」
少年が手を伸ばして、私を掴もうとする。けれど縮こんだ腕は恐怖に固まり、伸ばせない。
ドンッ!と強い衝撃が体を襲った。息をしようにも、空気が肺に入ってこない。代わりにに生暖かいものが、口から出た。
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