遺言

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「ただいま」 着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。蝉の声から、ふくろうの声へ変わる、そんな時間だ。 お父さんが先導して重たい扉を引くと、中は線香の香りが充満していた。 「まあままお帰りなさい。あなたー!信二さん達よー!」 奥からでてきたのは叔父さんのお嫁さん、といっても母さんより少し若い女性だ。 お父さんは5人兄弟の1番目で、お父さん・男・女・男・男のかろうじて女の叔母さんがいる兄弟だ。但し長男ではない。親父の上にもう一人、『進』伯父さんがいた。進伯父さんは青年期に溺れるのは不可能では?と言うぐらい浅い川で溺れ、亡くなってしまった。それにじいちゃんは自分を責め、一時期死ぬのではないかと言うぐらい沈んでいた。何故じいちゃんは現場にいなかった自分を責めたのか、ただ息子を亡くし悲しんでいる者に対して、そんな考えが浮かぶ人はいなかった。 「すまん、遅くなった」 「いや、いつもより早いぐらいだよ。お義姉さんもすみません」 「何言っているの、こういう時こそ兄弟でしょ。気持ちよく送ってあげなきゃ」 「さ、いちこちゃんも疲れたでしょ。いったん荷物を置いてから、おじいちゃんの顔見にいらっしゃい」 人が死んだと言うのに、随分と空気が緩いものだ。 仏様の部屋には大きな祭壇が出来ていた。大きな果物かごに、鮮やかな花がその両隣を埋める。祭壇の前に敷かれた布団の上にじいちゃんが横たわっていた。青白い顔に、肉のない骨ばったカラダ。じいちゃんの目には不思議な力があったが、もう瞼を開き、あの目を事はない。 「ただいま、じいちゃん」 声をかけても、じいちゃんが応える事はない。それがすごく寂しかった。寂しさに胸を締め付けられて、息を吐けば胸の奥がじわぁっとほぐれていくのが分かった。
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