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空が蒼い。
私の頬を撫で、髪を浚っていく風は心地好く吹いている。
この風も私の見上げる空の上では龍の如く暴れまわる疾風となるのだろう。
「またここにいたか」
「なにか悪いのかしら?」
「悪くはない。だが、診察の時間を忘れてもらっては困る」
空に吹き流していた意識を手繰り寄せて、私は座っている車椅子の車輪を回す。
「ドク、私はいつになったら普通に歩けるの?」
私は右足にまとわりつくギブスを見せながら、後ろから話しかけてきた白衣のジジィにぼやく。
「それはこれから見てみないとわからんよ。今日、外せるなら外すがそれも診察に来なければ外せまい?」
「……それもそうね。行きましょうか」
私はうっかり掘った墓穴から目を逸らすように、病院に向かう。
碧の草原は今日も変わらぬままだ。
「毎日、裏の草原でなにを見ているんだね?」
陽が斜めに射し込む暗いんだか眩しいんだかはっきりしない診察室でレントゲン写真を見ながら、ジジィは訊いてきた。
「なにも見ていないわ」
「なにも見ていない、とな?」
「この世界は無情なまでに綺麗過ぎる。生きている私達の醜さがこれでもかと際立つくらいに」
「ずいぶんと悲観的じゃないか。ほれ、ギブスを外すぞ」
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