周国潜入

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孝風は青年を自分の泊まる宿へと連れていった。 青年は未だ宿も決めていない身であったため、孝風の同室にならないかという申し出を有り難く受けた。 孝風の部屋は四畳の安く狭いもので、床の脇に一人入れるほどの隙間だけである。 そこに青年を入れて二枚の布団を引けば、荷物を置く隙間も僅かにしか残っていなかった。 「あなたの下の名前、雫というんですね」 「あぁ。女らしい名じゃろ。よく間違えられた」 青年は笑った。 宿で名を明かす時、村井雫と彼は名乗った。 「魔界出や言うっとったな。なしてこっちに」 雫の問いに孝風は笑った。 「師匠に逃がされたんです。 今、魔界は戦争しようとしてます。金海山と飛永山の、仙人同士の争いです」 「さっき金海山出身やいうとったな」 「えぇ。金海山は魔界出身の、妖怪ばっかりの山です。でも飛永山は人間ばかりの、人間の山。 少ない方はどっちでも差別されてばかりで、そこがとうとう戦争を」 孝風は寝返りを打った。 行灯は孝風の近くにあり、彼の顔を仄かな灯りで照らした。 「でもまだ、戦ってはいないから。 師匠の計らいで最初は山とは離れた場所に身を置いてたんです。 でも、そこも安全かと言えば違うみたいで。 そうしていたら師匠が"父がある用で私に会いたがっている"と故郷に帰るよう、理由を作って下さって」 「なら、なんも無理して周に帰る事ないがやろ。そん理由も、後から作ったもんじゃろ?」 雫はそう言ったが、孝風は笑って首を横に降った。 「いいえ。その理由は、師匠が大げさにしただけで全くの嘘じゃないんです。 詳しくは言えませんが、父の近況が悪いのは確かで、もしかしたら、今生の別れになるかもしれない」 孝風はにこりと笑い、天井に向けていた顔を雫に向けた。 「僕一人では無理なんです。 山越えは苦しい。監視も酷いし、囮もいない」 「それじゃ、俺を囮にするみたいやないか」 「もちろん、僕も囮になりますよ」
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