芽吹く新緑のような

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「こんな文字だらけな空間じゃ息がつま…」 僕は壁を殴っていた。早川さんと会長さんは驚いていたが、僕の性格を知っている仲間たちは大して反応することはない。 壁を殴った理由は簡単だった。 仲間を侮辱し、物語を侮辱し、僕達の居場所を否定したことに我慢ができないから。 「な、なんだよ」 狼狽する会長さんを睨むと身を縮ませたように一歩退く。 「なんだよって、分かりませんか?怒ってるんですよ」 静かな怒りが僕をくすぶる。 小さいが、強い怒りだ。 高校からの空気がこの空間に詰まっている。 初めて来たはずなのに懐かしさがこみ上げるこの教室を馬鹿にするのは許さない。 「僕達はあなた達を、漫画を否定しません。人を受動的に楽しませる手段ですし、万人に愛されてる素晴らしいジャンルです」 「それなら…」 「ですが、小説が能動的に楽しませ万人に愛されてることを忘れています」 会長さんは気が弱いのだろうか、少し涙目になっている。 「だからなんだってのさ…?小説なんて、文字だけでつまらないじゃないか」 「僕からすれば漫画の方がつまらない。価値観を押し付けるなよ、バカヤロウ」 銀の馬車を閉じ、会長さんを見やると既に泣いているように見えた。 ああ、なんとまあ情けないことか。 逃げるくらいすればいいのに。 「僕達はあなた達に価値を押し付けたりしない。僕達は過去から現在まで受け継がれた物語達を愛しているだけです」 「会長さん。何か反論はあるのか?」 タカシさんは嘲笑に似た笑みを浮かべながら訪ねている。 狼狽しきっている彼を見やると唇を噛みしめていた。 大の大人が情けない気もするが、実際は僕も怖いので強くは言えない。 僕は鞄から本を取りだし、会長さんに渡した。 「見聞を広める意味で読んでみてください。大丈夫、これはライトノベルっていう、挿し絵の多い本です。漫画に近いのであっさり読めますよ」 「…確かに絵は俺たちのに近いね」 「小説、読んだことありませんか?」 彼は涙を拭って横に首を降った。 やっぱりと思う。 彼のそれは食べず嫌いに似ていたから。 「物事そのものから目を背けずに、ゆっくりでいいですから読んでみてください。きっと漫画の参考にもなりますよ」 受け取ってくれた彼に笑顔を返した。 「とりあえず…読んでみてから…考える」 ばつの悪そうにしている彼が退室したのを見送ったあと、深く息を吐いた。
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