芽吹く新緑のような

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芽吹く新緑のような

あの強烈なビンタを食らってから既に三時間は経とうとしていた。 それなのに、まだ、痛い。 いったいどれだけの力で叩いたんだろう。 骨が痛んでなければいいけど。 それからチアさんは泣くし、泣きやませるのに一時間もかける羽目になった。 いや、純粋に僕を想ってくれているのは分かるんだけど、もう少し穏やかにならないだろうか。 「管掌に置かれた気分だ…」 深くため息をついた。 とりあえず、僕は今、一人で構内を散策している。 学食の場所を知りたいだけなんだけど。 「あ~、イツキく~ん!!」 あ、地雷臭。 辿り着いたやたらと広い学食の端の方の席に座りコーヒーを飲んでいるゆかりさんの姿があった。 「豪快にやられたね~」 からからと笑う彼女は反省の色を見せることなく、僕をみていた。 この表情、もう…限界だ。 「ゆかりさん、僕が怒らないと思ってました?人の彼女にあんな表情させておいて、悪びれもしないんですか!?チアさんは人を叩くことが大嫌いなんだ!そのチアさんに手をあげさせて…チアさん、僕を叩いたことにショック受けて落ち込んでるんですよ!!」 「合格」 からからと笑う彼女の顔からは一瞬で笑みが消え、鋭く冷たい表情が浮かび上がり、その表情はまるで、月明かりを孕いた妖艶な輝きを放つ異彩な刀のようで、僕の背中に悪寒が走る。 「チアはもてるのよ。よくナンパされるし、学科を問わずにファンがいる。どいつもこいつも好き勝手にチアのことを好きだ好きだって。誰もチアを理解してない。私はあのサークルの仲間。君たちの事情は知ってる。当然、君も。私はね、チアに声をかけられなければ、ずっとあるはずのない理想を探して男を誘うだけだった。今では趣味になったけどね。だから、生半可な気持ちでチアといるんじゃないか、試させて貰ったの」 鋭く冷たい言葉が槍のように突き刺さる。 この人は優しい人。それはわかった。今、ひしひしと感じている。 「ほっぺ、痛かったでしょ?ごめんなさいね。けど、私は頭よくないから、アレくらいしか発破のかけ方知らないの」 不器用な人だ。 不器用なうえでなお、自らを救ったチアさんへの感謝の仕方を悩み抜いている。 強い人でもない。心が清いわけでもない。 ただ単純に、あの文芸サークルが彼女の居場所だということだ。
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