幸福と不幸(短編)

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 電車の路線が違うから駅で化山と別れ、俺は一人黙々と薄暗い下宿先に帰った。  黙々と飯を食い、黙々とニュースを見、黙々と風呂に入って、ようやく俺は化山から渡された被疑者リストをちゃぶ台の上に広げた。  ノック式赤ペンを右手に持ち、一回クルリと回す。  さて、これから俺が推理するワケだが……はっきり言おう。 「推理のしようがない!」  普通、殺人事件というのは死体が発見されてから始まる。そこから証言や物的証拠、死体状況によって犯人を見つけるワケだ。  しかし、今回それとは違う。俺がわかっているのは  ・三森カグヤが一週間前に失踪した。そして死亡。  ・三森カグヤ愛用のスポーツバッグも消えていた。  ・三森家の家族構成と被害者の性格。  ・被害者を含めたサークル内での愛憎関係。  ・化山紗名は被害者を殺害した犯人、被害者の遺体の在り処、共に知っている。    ――たったのこれだけ。    これだけでは推理のしようがない。せめて死体が発見されていれば別なのだが……だからと言って諦める訳にもいかない。  毎日、異常な殺人犯に怯える生活は想像しただけで嫌になるし。  俺はこの状況で考えられる全てを考える必要がある。そこでまず、犯人の殺害動機から考えてみることにした。  まず、矢口波斗。  可能性、薄。被害者を溺愛している人間がまず殺すことはないだろう。ヤンデレとかだったらアリってことになるかもしれないけれど。やはり殺す必要性がわからない。  次、上谷昴。  こいつも可能性は薄い。茅木に惚れているのなら、まず殺すとしたら三森リキの方だろう。  性格は荒っぽく、衝動に任せるタイプらしい。それなら尚の事、三森リキを殺さず、三森カグヤを殺すのは変だ。こいつが今のところ一番白に近い。  茅木静菜。  順当に行けば一番可能性が高い。犯人候補第一位だ。動機がハッキリしている。三森リキが好きで三森カグヤが邪魔だった。  これだけで十分。しかも化山がくれたルーズリーフに『好き過ぎて異常』と書いてある。  でも……それなら茅木が三森カグヤにスポーツバッグを持たせ家出させたことになるな……そして殺した。  ……はたしてカグヤに嫌われていた茅木にそれが可能だったか……。
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