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続けて化山が何食わぬ顔で中に入ってきた。俺が掴まれていた手首を労わるようにさすっていると、サークル室に居た長い髪を一つに結ったポニーテールの女性が目を輝かせた。
「紗名ちゃん、紗名ちゃん、その子、サークル入部希望者?」
「いえ、茅木さん、残念ながら彼は入部希望者じゃありません」
きっぱりと愛想笑いで言い切った化山。
「そうなのか。残念」と茅木と呼ばれた女性がガックリオーバーリアクションをとる。むりやりに入部させられるんじゃないかと若干ヒヤヒヤしていたので、少し安心した。
しかし、安堵したのも束の間、
「彼は学生探偵なんです」
何を思ったのか『化山 紗名』がどこか誇らしそうに大ウソを言い放った。
俺は絶句する。
途端にサークル員達がどよめきだした。『探偵』という言葉が彼らの口から驚きの色と共に飛び出し、サークル中に変な空気を漂わせる。
あいつ……嘘八百もいいところだ。俺は探偵なんかしていない。したこともない。無趣味で無意味な大学生Aだ!
『違います!』と大声で言いたかったが、俺をジロジロと見つめる多くの好奇の視線に圧倒され、声を出せなかった。壁に貼ってある大きな紙が視界に入った。
『ミステリー研究会』、黒いゴシック体で確かにそう書かれてある。
『探偵』というワードに過敏になるわけだ。
「三森先輩は来てます?」
化山が茅木にそう問う。茅木が答える前に「ああ、僕なら来ているよ」と奥から声があった。
長身で体が細い、フレーム無しメガネをかけた一人の男がハードカバーの本を片手にパイプ椅子に座っていた。顔だけこちらの方へ向けている。
「何かな? 化山君」
知的な感じの喋り方。微笑を称え、落ち着いた雰囲気がしっくりくる人だ。
「三森先輩、この名探偵にあの話をしてあげてください」と化山が微笑んで言った。
この『名探偵』というのはまさか……いや、間違いない。俺のことだ。
三森という男が俺を見て顔を顰めた。
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