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神島チヅルは病室の窓から青い空を見上げていた。薄いすじ雲が斜めに、ちょうど窓をニ分割するように走っている。
もうすっかり歳をとってしまったと思う。体が動かないことはないが、自分の葬式の事や、子ども、孫が上手くやっていけるかという不安ばかりが脳裏をよぎる。
それでも、ひとつだけ想い続けていることがある。視線を青いキャンバスのような窓から彼女の左薬指に移す。
そこには小ぶりなダイヤモンドが乗った指輪――宇宙でもっとも愛した男から贈ってもらった指輪が輝いている。
あれから随分時がたった。だが一度たりとも諦めたことはない。そう、彼が遺した言葉を信じている。
「俺は、帰ってくるから」
チヅルはその言葉を復唱してみた。そして小さく笑う。自嘲的とも思える。
娘のサヤは何度も諦めろと告げていた。再婚しろとも言われた気がする。もっとも、ツカサとはきちんと式を挙げていない。再婚にはならないはずだ。
今度はそのおかしさに笑う。
再び視線を動かす。壁に掛けられたカレンダーが見えた。そのページの月末には『アニバーサリー』と朱書きしてある。
一昨日、孫が来たときに書いたものだ。ライブに行けないとかで憤慨していたことを思い出す。
「西暦2060年か……随分歳をとったものね」
体をひねる。
真っ白いシーツと布団がすれる音がする。
枕元の木製ラックに目的の物があった。
小さな写真立て。一番気に入っているものだ。それをしわだらけの手で胸の前に抱える。
50年くらい前、ツカサが軍隊に入隊する時に撮った写真。真新しい軍服に袖を通したツカサに後ろからまだ歳若い自分が飛びついている。
「楽しかった……」
出てきた言葉はそれだけ。
その思い出があるから、ここまで生きてこれた。
写真立てを元に戻したとき、空に赤い流れ星が光った。
珍しくもないことだ。
1年前のバジュラ戦役で宇宙に散った兵器の残骸が、時々思い出したかのように降ってくる。
だが、今日はなんとなく、勘が騒がしい。
「明日は、ツカサに会えるかしら」
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