生を欠ける少女

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 直接的にも間接的にも、衣服を脱がしたのは決してぼくではなかった。石畳の床がヒヤリと冷たい。ぼくも知らぬうちに裸にされていたらしい。  彼女は、しなだれかかるように床へ身を預けていた。  初めて眺める彼女の裸体は、醜かった。  形の崩れた乳房も、硬い床のまな板に歪んだ腹部の脂肪も、森を焼いた跡のような黒々とした陰毛も、重厚な臀部も、鎖を繋がれた四肢も、すべてが彼女の高嶺の美貌に似つかわしくないほど醜かった。  それでいて、これほどぼくの劣情を煽ったものはやっぱりなかった。  もどかしいのは、どんなに手を伸ばしても足を投げだしても、彼女には掠りともしないということだ。  この不可解な状況を怪しむ余裕はない。ぼくと彼女の十の首が、赤く錆びた鉄臭い鎖によって壁に繋がれていても、それさえも些事だと思えるほどに、大きな炎がぼくの中でメラメラと燃えていたのだった。  この部屋は広い。けれど広いわりにはぼくと彼女との他に、ところどころ塗装の剥げた小さな木の扉があるだけだった。  どうせならもう少し狭ければ彼女に寄り添えるのに、とぼくは繰り返し思う。  そして、ちょうどぼくが床と鎖に嫉妬し始めた頃だった。  ぼくの隣にあった木の扉が突然、音も立てずに引き開けられた。ぼくはてっきり相当軋むだろうと思い込んでいたので、思わず身構えてしまう結果となった。  目に飛び込んできたのはピエロの顔。顔のこちら側半面が黒下地になっているピエロのお面だった。  やがてその姿が丸々見えぬうちに、不快で不愉快な声が耳に障った。 《アらららラ、モうお目覚めしたんだネッ。ドうもこんにちワ。本日はようこそいらっしゃいましタッ》  その声はヘリウムガスを吸ったそれに酷似していた。が、どだい地声からして偏屈なのだろう。そこに滑稽さは微塵も感じられず、あるのは人を小馬鹿にしたような単純な悪意ばかりであった。  空気がたちまち異質なものに変わる。  すっかり晒された素肌に鳥肌が浮くのがわかった。それと、耳障りに感じたのは彼女も同じだったようだ。
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