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のそのそと上体を起こし、目を擦って頭を振って、そうしてようやく自分の異変に気がついたようだった。あちらこちらに視線を巡らした後、ぼくの方に一瞥をくれて一言。
「……啓介、くん?」
その声はか細くて。
よそゆきの呼び方が、ぼくの中の炎の種類を悉く変化させたのを、ぼくはしっかりと認識した。
愛を孕んだ愛情の炎。
このか弱い少女だけは、例え何があったとしても守り抜かなくてはいけない。このエセピエロには決して彼女を汚させるわけにはいかないのだ。
だから落ち着け。
『俺』よ、冷静になるんだ。
「なあ、あんた何者だ?」
《アらららラ、見てわかんなイ? ピエロってやつだヨッ、ピ・エ・ロ》
不安げな彼女を一旦無視してまで問いかけたというのに、そいつは意に介さない答えを平気で返してくる。
溜め息をついて彼女を見ると、厚ぼったい瞼の間の彼女の瞳が、僅かな光をこちらに送っていた。
「そんなこと聞きたいんじゃねえよ、エセピエロ。俺と彼女をこんな目に合わせて、一体お前は何が目的なんだ?」
《フふふふフ、ソれは秘密だヨ、君ィ。ソんなことよりサ、“コんな目に”って言ったァ? アははははハ、マさカ、コれだけで済むなんて思ってないだろうねェ》
「おいっ! それってどう――」
「いやっ……」
ピエロの面の奥に邪悪な笑みを感じた俺はその言葉の真意を問い詰めようとしたが、彼女がこぼした小さな悲鳴がそれを妨げた。
ハッと俺は彼女の悲鳴は拒絶ではなく、心からの嫌悪であることに気がついた。慌てて彼女へ視線を移すと、その小さな身体を縮こまらせて、震えていた。まるで自分で自分を抱え込むように。
閉じた瞼の長いまつげが濡れたように光っている。
何てことをしてくれたんだ、と俺はエセピエロを睨む。
最近ようやく、彼女の『アレ』は落ち着きをみせていたというのに。
おい、どうしてくれるんだ。
なあ、なあなあなあ。
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