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「み、ず、さ!」
朱の掠れた頬を涙が流れようとしている彼女に、俺は右手をちょうど心臓があるに違いない左胸の上へ持っていき、二度ほど拳を鈍く叩きつけながら呼びかけた。
これは、二人の間の最も信頼しうるジェスチャーだ。任せて、とか、心配しないでいいよ、といった意味をもつこの行為は、これまで何度もお互いの不安の取り除いてきた。今回だって例外じゃないはずだ。
しかしながら、彼女はそれを理解したのかしてないのか、何の反応も示さずにジッとこちらを見つめた。
それは仕方ないことかもしれない。普段や普遍の中に当て嵌めるにはあまりにも特異なのだから。
そうはわかっていてもどうしても彼女を慰めたかった俺がいて、必死に作った笑顔を送っていると彼女は抱え込んだ膝の中に顔を埋めてしまった。
《アッはッはッ、嫌われちゃったネエ。デもサ、ソんなんじゃあね、困るんだヨーッ》
「うるせえ。なんだよ、元はと言えばお前がこんな訳の分からんことを……」
今の俺はきっと内心から表情まで堪らなく不機嫌だ。その方向が少し彼女にまで向いているのも気がついている。思うに任せぬというのは、どうしてこうも俺を掻き乱してゆくのだ。
そのうち彼女にまで当たってしまいそうな自分が恐ろしい。
俺は大きく深呼吸した。
バカバカしい。さっきはあれほど彼女を守ると誓ったのに。
「なあ、瑞茶。瑞茶は何もしなくていいからさ、ちょっとばかりそこで待――」
「ソーはいきませんネエ!」
「なんでだよ!」
いい加減にしてほしい。一体こいつはいつまで俺らの邪魔をするのだろうか――
だが、次の言葉に俺は凍りついた。
《アなたたちにはこれから、二人の未来を選んで貰うんだかラ。一種のゲームだヨ。その名も――〈Die or Betray〉ってネ》
直訳すると、死か裏切りか。
続けて。
《生きて帰れるのはどっちかだけだヨッ!》
いつの間にか彼女は視線を上げていた。
白皙の顔がみるみるうちに青ざめていく。
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