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女なんだろうと思った。
その右手に少しも収まりきらないでいる黒光りする物体が、エアガンでも水鉄砲でもないことは、その物がもつ独特の重厚感が強く肯定していた。
そっと思考する。
肉体的に殺めるという言葉には、精神的には既に失せているという前提が隠れているのだろう。確かに、自分の最も愛する人に死んで欲しいと言われたら、それこそ絶望の淵に叩きつけられたような気分だ。
おそらく、今までコイツにここで殺された人たちは、愛の故の果てしない苦悩に最期まで煩悶しながら死んでいったのだろう。
けど。
残念ながら。
俺たちを繋ぎ留めているのは、もしかしたら愛ではないのかもしれない。
「ねえ、ピエロさん」
自分でも、どうしてこんな言葉が出たのかはわからない。
「ウん、ナんだイ?」
「まさかさ、手錠の鍵なんて持ってないよね?」
「ソうだネ。鍵ならあっちの部屋サ」
拳銃の向いた先はドア。
「ああ、そうかわかったよ。ありがとう」
やっと……か。
これでようやく腹が括れる。
俺は彼女の方へ向き直った。
艶めかしくて、それでいて醜く崩れた脂肪の塊。彼女は相変わらず泣いていたが、それはいつの間にか嗚咽へと変わっていた。
「ねえ瑞茶」
「イヤッ……」
なるべく優しく語りかけたつもりだったけど、やはり勘違いしたらしい彼女は息苦しそうに声をあげた。
『ぼく』は二度、胸を叩く。
「心配しないで。ぼくは瑞茶を傷つけるつもりなんてないから」
「イヤッ! イヤイヤ! 死にたくない! まだ死にたくないよ! 助けて! 啓ちゃん助けてよ!」
「うん、大丈夫。ぼくは瑞茶を絶対に裏切らない。だから……」
だから、どうすればいいのだろうか、彼女は。ぼくを頼ってしまえばいいのだろうか? それとも……
心置きなく、ぼくに死ねと言えばいいのだろうか。
ああ、可哀想な瑞茶。長い長い苦しみからようやく解放されたのに。ようやく叶った念願の伊豆旅行だったのに。
君の表情に笑顔が踊り出すことはもう、ない。
そうだ。
きっと君は、君の後ろの壁に付着する飛沫状の血痕に気が付いていない。確認できないからわからないけど、多分ぼくの後ろにもそれは存在する。
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