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しかし、困った。
この状況では、一人の女の子を追い出すことはできない。
帰る場所が思い出せない患者ってのも、そういえば初めてだな。
そう呑気に考えながらも一応は途方にくれているうちに、常連のおばあちゃんが来てしまった。来た以上は診るしかない。
仕方なく、奥にある旧式の小型冷蔵庫の扉を勢いよく開け、その際に膝をぶつけて奇声をあげつつ応急処置用の濡れタオルを取り出した。
それから急いで少女をこれまた奥のベッドに寝かせ、タオルをおでこに乗せてやった。
「いいか、しばらくこうやって休んでるんだぞ」
こくん、と少女が小さく頷いたのを確認し、俺は診察室に戻っていった。
――まさか、これがすべての元凶のはじまりになるとは、この時は全く思ってもみなかった。
世の中ってやつは実によく出来ている。
ただ、やっぱりニンゲンと同じく、何かの拍子におかしくなっちまうことも、なくはないらしい。
俺はこの時、まさにそれを痛感する羽目になった。
今だから笑って話せるが、もう一度当時に戻らないか、なんてふざけた提案をされようものなら、俺は間違いなくこう即答する。
「もう二度と、世界の治療なんかしたくない」とな。
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