序章

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「待ちなさいっ! 一人で行っては駄目よ!」  昼下がり、とある街中の煉瓦敷の通りで、母親とおぼしき女性が前を全速力で走る少年を追っていた。  二人が走るのは、昼間でも人通りの少ない裏通りだった。他に人はおらず、背を見せる人家からも顔を出す者はいなかった。  少年の足は驚くほど速く、女性との距離は開き続けた。ついに、少年が角を曲がった後、女性は少年を見失ってしまった。  女性は息を切らせ、しゃがみ込んだ。心臓の鼓動がやや落ち着くと深いため息をついて体を起こし、踵を返した。  あの子は必ず、行ってしまうわ。あのやんちゃくれを捕まえるには……  女性の姿が裏通りから消えると、先程の角にある古い倉庫から、ひょいと首が出て周囲を見回した。悪戯な輝きを放つ少年の黒い瞳。それらは、再び倉庫の暗闇へと消えていった。
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