はじまり

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彼女は足取りをまったく緩めずに廊下を歩き続けた。段々と人とも遭遇しなくなり、そのまま外に出た。年期の入った勝手口を静かに閉めてから、私は彼女の手を引いて顔を覗き込んだ。彼女は首をニ、三回横に振り、薔薇園を見た。彼女がいつも手入れしている薔薇は露を抱いて赤く輝いていた。私はまた彼女を見て、首を傾げた。彼女は手を払い除けると薔薇園に向かって歩き出した。訳のわからないままついてゆく。いつまでも明かさない態度に苛立ちはしなかったが奇妙で楽しく思った。感じ取られないように、一歩後ろを歩いた。彼女は丁度木と木の境目で立ち止まった。しゃがみこむ。呼吸を置かずそのまま四つ這いになって木木の間を潜った。誰もいないことはわかっていたが、思わず周りを確認してしまった。ザワザワと風が騒いでいるだけだった。目を元の位置に戻す。すでに彼女の姿はなく、隙間が黙って私を待っていた。そこには経験したことのない童心があった。大して生きてはいないが今まで辿ってきた道筋に、こんな冒険談はなかった。大げさかもしれない。だが私にとってはとても新鮮な事だった。しばらく見つめていると、向こう側から地面を二回叩く音がした。催促されて私はようやく腰を屈めた。
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