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そろそろかと思って玖条の足元に置かれた時計を見ようとすると、彼女は時計をホイとベッドに投げてしまった。
なんて奴だ。
俺はこのご時世では珍しく携帯電話を持っていない高校生なので、ズボンのポケットの中に腕時計を入れている。
父さんが昔使っていた物で、高校の入学祝に欲しいと言ったらあっさりと貰えたので拍子抜けしたことをよく憶えている。
ポケットを漁り、目当ての代物を取り出して時刻を確認する。
午後五時三十二分。
いつもならそろそろ光鶴さんから声がかかるころだと思いつつ、目の前で未だに顔を上げずに本を読む彼女を一人置いて帰っても良いものかとも悩む。
二分程経ったか。
階段の方から、トントンと、やけにしっかりとした足音が聞こえてきた。
光鶴さんが帰って来たのか。
そう思ってしまえば良いものを、足音は光鶴さんのそれとは似て非なるもので、その事実が俺を困惑させた。
ギィギィと呻く廊下を歩く音が近づき、丁度この部屋の前でピタリと止まる。
玖条も何事かと顔を上げ、開かれる筈のドアを睨む。
声は、ドアの向こうからだった。
「光来、話がある」
年季の入った、重たい声だった。
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