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「えー……面倒くさそうだから本気に本気を重ねてWマジで行きたくないんですけど」
「うだうだ言ってないで自分で歩いてくれよ。次は巴投げすんぞ」
「おいすー」
頼んでおいて命令するという高度な言語を操る騎士さんに適当な返事をして、ゆったりと余命幾ばくかの老人のごとき速さで起立を済ませる。
「……」
「…………?」
途中までしか思い通りの行動を取らない俺に対して、騎士さんは不思議そうに首を傾けた。
「……立っただけですけど?」
「じゃあ歩いてくださいお願いします」
俺が正常だということが分かると、騎士さんは土下座して懇願した。自分のプライドよりは倦怠感の解消の方が大事らしい。分からんでもないけどさ。
父親が昔「男はプライド捨てたら終わりだ」とか何とか言ってたから、田舎のばあちゃん家の近くにある肥え溜めに結婚指輪を放り込んでやったという捏造を思い出してみる。俗世間では妄想と呼ばれるアレだ。
「もう、騎士さんは本当に仕方のない人ですねぇ。……お風呂にしますぅ? お風呂にしますぅ? それとも、お・ふ・く・ろ?」
「とりあえず飯を貰えるかな。ここ一ヶ月くらい何も食べてないんだ」
「やだわぁ騎士さんったら。四週間前に食べたじゃないですかぁ。……大嫌いなもずくスープ」
「おぉ、このままでは餓死してしまうじゃないか。仕方がない、私は生き残り妻には死んでもらおう」
「あらやだ騎士さんったら、今夜は大胆なのねぇ」
お互いに底意地の悪い茶番劇を長々と続けて、お互いにニヤッと気持ちの悪い笑みを浮かべて、お互いに背中を曲げて歩きだす。気は合っても、この人とはそりが合いそうにないな。
しかしこれ程までに性格に差異がないと、兄とこの人は実は今まで入れ替わっていたのかもしれないと考えても違和感がない。実際には大有りだが、体面を保つためには兄よりは適役だと思う。
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