生前のキオク

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「君には期待してるよ」 しわくちゃの作業着を着た、気の良さそうな老人。 僕は唯一、人間に出会えたと思った。 毎日苦しいけど、僕を必要としてくれる。 僕が頑張れば、この人間は楽できる。 いっしょうけんめい働いた。 あせを流し、体中が痛くなっても僕は働いた。 初めて会った、人間のために。 夜、人間を見た。 工場に忘れ物かな。 僕が残って仕事をしていることに気づいてないのか、事務所へと歩いていく。 後を追おうとした。 だけど、人間の後ろにまた人間がいた。でも、よく見たら悪魔だった。 人間より遥かに大きく、気配を消しながら人間を追っている。 僕は、悪魔がやろうとしていることを、察した。 このままじゃ、消されてしまう。せっかくの人間が、僕の目の前で。 僕は、悪魔を追った。気づかれないように、距離を保ちながら。 事務所の明かりが点いた。悪魔はさっと身を隠し、僕も同じようにした。 僕は、ずっと見ていた。悪魔が何かをいじっているのを。いじっているそれは見たことなかったけど、悪魔の武器には違いなかった。 一瞬だけ全力で走ったら、悪魔に突っ込める。けど、この悪魔は強そうだった。 人間が出てきた。手に、封筒を持っている。 不意に、空気がくしゃみをした。悪魔が、人間に腕を向けていた。人間が、倒れて……。 足がすくんでいた僕は、大きな後悔をしていた。それを振り払うために、全力で走っていた。 「ぬおっ!」 大きな悪魔。 死ね。死ね。死ね。死ね。 顔を殴った。手が痛くなろうが、殴った。腕が怠くなろうが、殴った。悪魔は、何もしなかった。 悪魔は、何もしなくなった。 人間に駆け寄った。 漏れる赤い液体が、人間を浸している。うつぶせの人間は、右手を前に倒していた。握りつぶされた封筒。 僕は封筒を取り、中身を見た。 おかねだった。 いちまんえんさつがろくまいあった。 僕は、おかしくなった。みんな人間に見えてきた。 人間は、消してもいいよね? だって、もう人間はいないんだから。
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