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久しぶりに高揚した気分のまま、彼女を外に連れ出そうとエスコートしかけた矢先、絵画展の主役である友人が人波を掻き分けて近づいてくる。
「やあ、桐谷さん、いつもありがとうございます。 ずいぶんと早いお帰りじゃないですか?」
柔和な笑みを浮かべながらも、口許には皮肉が満ちている。
「すみません、ちょっと急用ができまして・・・」
一刻も早くこの場を立ち去りたい、そういう意識が働くときほど、気の利いた返しができない。
―どいてくれ、あんたに用はないんだ、邪魔をすんな。
きっと顔にはそう書いてあるのだろう、見透かしたように彼はたたみかけてきた。
「お隣の美しい方が、ご早退のワケってことですかな」
いまいましい喋り方をしやがって、ほんとにカンに障る奴だ。
こめかみに血管が浮かばないよう、精一杯の平静を装ってその場を取り繕う。
「申し訳ないです、先生。 次回の催しには彼女とゆっくりお邪魔させていただきますよ」
ほほう、と一瞬目を見開いた友人は、それ以上の追求をすることもなく、黙って前を開けてくれた。
下衆なやりとりを交わしている間も、彼女は静かに佇んでいた。
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