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弥也に荷物を預け、咲が着物を整えながら玄関を出ようとすると、そこには吉乃がいた。
「咲様、お気をつけていってらっしゃいませね」
丁度母が生きていたなら、これくらいの歳になったのだろう、と咲はふと思った。いや、吉乃はそれより少しばかり老いているだろうか。
黒髪の中に見える白髪は以前より増え、体も少し痩せた。
その姿を後にし、咲は後ろに控える弥也と歩いていると、やはり吉慈の言うとおり大通りの道は混んでいた。人々でごった返している。
昼間から酒を飲み、顔を赤らめた者があちらにいれば、こちらには幾人かの子分を従えた大ぶりな親分が大きな声で笑っている。
まるで祭りのような騒ぎである。
それを横目に咲は稽古へ向かい、そして暫くのち、稽古が終わり再び大通りの方へ戻ってきた咲は腕に数輪の花を抱えていた。
稽古先の師である島井はるが土産にと、稽古で余った花を咲へ渡したのである。
良い香りだ。
屋敷へ戻ったら、すぐに生けよう。
咲はその花を大事に抱えて歩きながら、ふと真横の人ごみに目を移した。
さっきここを通った時よりも、人々が何となくそわそわしている。
もうじきなのだろうか。
「芦成公がもうそこまで来ているらしいぞ!」
と、人ごみの中で誰かが声を張り上げた。
そうか、もうすぐか。
やはり気になるものだ。
丁度良いときにここを通った、と咲はそれとなく人ごみの中へ入っていく。
大勢いる人々の「気」なのか、中は熱がこもっていて暑い。
「咲様、『寄り道はなりません』と吉乃に言いつけられておりますので…」
がやがやとした中に、か細く弥也の声が咲の耳に入った。
「少しだけなら良いでしょう?もうすぐだと誰かが言っていたから」
咲の目は、大通りへ向いている。
興味本位だった。
すると、弥也が間をおいて渋々答えた。
「少しだけですよ」
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