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咲はそれに引っ張られるがまま、何事もなかったかのように引っ込もうとするが、そう容易(たやす)くはいかなかった。
何故なら、目の前を進んでいたはずの一行の内の側近や護衛の足がいくつか既に止まっていたからだ。
「おい!」
怒鳴るような勢いの声で、まずは護衛が咲の元へ足早に歩み寄る。手に持つ長い槍が、妙な威圧感をもつ。
咲を引き戻そうとしていた人々は、静かにその手を引いた。
そして護衛は咲の前まで来ると、唐突にも、起きあがったばかりの咲をじろりと睨んだ。
「無礼極まりない、何を考えておる!早くそこをどけ!」
咲の予想以上に大きい肩と、その怒鳴り声に気圧されて、咲は気の抜けたままなかなか動き出せない。
今にも殺されるのではないかという恐怖で涙がにじみ、加えて声も思うように出ない。ただ口をにわかに開けたまま、立ち尽くすばかりである。
「も、申し訳、ございませぬ……」
咲が力を振り絞ってやっと口に出したその言葉はか細く、震えていた。
それゆえ、あらぬ疑いさえかけられてしまう。
「何?聞こえぬ!口答えをする気か!」
口答えだなんてとんでもない、そんなこと微塵も思ってはいない。咲は自身の中でそう独りごち、目には今にもこぼれ出しそうな涙が溜まる。そして、一人ぼっちという寂しさを痛感する。
「さよう……」
いまだ拙い声でそう言いかけて、護衛の者が、そんなもの知らぬとでも言うように遮った。
「黙れ!それ以上口答えするのであればどうなるかわかっておろうな!」
そしてそう言うや否やその護衛の者はおもむろに咲の着物の襟を掴み、すぐさま乱暴に投げ飛ばした。
「…っ…!」
その力強さに適うはずもなく、ざざっ、と地を擦る音とともに、咲は無力に後ろへと倒れ込んだ。
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