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きりっとしたその言葉に、咲は慌ててはっとして気を引き締める。
「はい!」
どうやら、この方のおかげで命も罰も助かったようだ。
側近の男が来てから、知らず知らず全身にこもっていた咲の力もすうっと抜けていく。
すると、今に始まったことなのかはわからなかったが、肩がかすかに震えていた。
「皆、案ずるな、この女(おなご)に害を与えたりはせぬ。散ってよい」
側近の男はおもむろに立ち上がりながら、咲の周りで固まっていた人々へ声をかける。すると、人々はようやく我に返ったのか、戸惑いつつもぞろぞろとその場を後にしていく。
芦成の一行が通り過ぎた町には、いつもの賑わいが戻り始めていた。
そして、人々を散らしたのち、側近の男は咲に、後をついて来るよう半ば小声で言った。その口調はさっきよりにわかに強い。
「えっ?あ、はい…」
咲は、今一体何が起きているのか理解出来ずにいたが、言われるままにようやくゆっくりと立ち上がった。
いや、ようやくそこで立ち上がることができた。
力が抜けたからなのか、立ち上がったその足すらもかたかたと弱く震える。まだ息が浅い。
そのおぼつかない足元は、さっきの恐怖を鮮明に思い出させる。
恐怖がまた蘇りそうになったとき、咲は、その姿をじっと見つめるその男の視線に気づき、慌てて言った。
「何でもありません」
しかし、その男は既に、その言葉がたてまえであることを見破っていた。人一倍、人を見る力の鋭い男だ。
男は、ただひとこと、にわかに柔らかくなった口調で呟いた。
「恐れるものはない。安心しろ」
不思議と、その言葉は咲の胸にすうっと入った。咲は、震えていた体が徐々に治まり、落ち着いていくのを感じる。
知らず知らず、そういったものを待っていたのだ。安心させてくれる、支えとなる何かを。
咲にはその声が、ひどく優しいものに聞こえた。
弥也とはぐれて心細い心に、その言葉は染みていく。咲は、自分の味方になってくれる人がいたのだと、ほっと安堵した。
今の咲には、何よりも心強い。
蘇りそうになっていた恐怖が、静かに心の奥底へ沈んでいった。
あれ、と咲自身驚く。
思わずそう呟く咲を見て、男は再び声をかける。
「ゆっくりでよい、ついて来い」
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