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何かの魔術でもかけられたのか、と咲は、脇道の奥の方へと歩いていく男の背中を見て、本当に思った。
この人は一体何者なのだろうか。
高貴な人物であるなら、何故初めて会ったあのとき、供もつけずまるで隠れるように、一人でふらりと町へ出ていたのか。
咲には、その男が不思議でたまらなくなる。
と、その男へ疑問を持ちつつも、咲ははっと弥也のことを思い出した。
「あの!実は付き添いの者とはぐれてしまっていて、探さなければならないのですが」
弥也とはぐれた大通りからはあまり離れられない。目印も何もなくなってしまう。
「すぐ済む」
男は、それだけ答えた。
何か自分に用があるのだと、咲は理解する。
すぐだと言うし、ついて行くほかはない。改めてちゃんとお礼もしなければならない。知らず知らず、肩に力がこもる。
脇道からさらに奥の閑静な道へと逸れ、道の脇にある竹やぶのそばまできたところで、不意に男は立ち止まり、振り向いた。
「手を出せ」
あまりに唐突なその言葉に、咲は、え?と男を見上げ、謎の解けないままおずおずと両手を出す。
すると、男は懐の巾着から幾つかの銭をつかみ、咲の手にのせた。
「……これは何でこざいましょうか?」
「それで代わりの花を買えばよい。わざとではないだろうが、さっきの者が踏んでしまっていたようで申し訳ない。許せ」
咲は、まさかこの人物が気づいているとは毛頭も思わなかった。そして、そのときの光景を思い出しながら手を見た。
花を買えば、もはや花の束になってしまうであろう額が手にのっていた。
律儀なその気持ちが、咲には嬉しかった。
「お心遣いは嬉しいのですが、お返しいたします。もともと、あの方ではなく私が悪いのでございます」
「しかし…」
「いただくわけにはまいりませんので」
咲はそうはっきりと言った。
すると男も、そうか、悪かったな、と銭を再び懐へと戻した。
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