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けれども、咲はふと手元を見た。
やはり、心配なのは羽織を貸してしまった彼のことだ。
…暖具の羽織を私に貸してしまって、あの人は寒くはないだろうか。
笠で顔もあまり見えなかったから、顔を覚えることも、名を知ることも出来なかったけど、いつかまた出会えたら、ちゃんとお礼をしたい。
咲は心の中で『有り難うございます』と呟くと、傘を開いて、なるべく大通りを避けて家への帰路についた。
時折すれ違う人々はやはり驚いた顔で咲を見たが、あの人物の羽織があったせいか、咲自身はさほど気にせず平然としていた。
雨の中、転んだところを誰かに見られるのは恥ずかしいと思ったけど、あの人に見られていて良かったのかもしれない。
咲は、そんなことを思っていた。
そして、まるで雪中の様な寒さに負けぬよう今一度気を引き締めて、残りの道を歩いたのだった。
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