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なんで、なかないの?
音が、耳から脳みそに行って、そこで意味を紡ぐのにやたら時間がかかる。なんで、鳴かないの? 違うね。あたしは一応、人だ。花の女子高生。じゃあ。
「なんで、泣かないのって?」
「……違うんなら否定して良いけどさ。
ゆかり、ふられたんでしょ?」
「あ、」
「なんで、泣かないの? なんで、あんたいつも通り元気なの?
なんで、そんなに、笑うの?」
「……」
あたしの肩をつかむまきちんの手に、いっそう力がかかる。クリーニングに出したばかりのブレザーの上着に、シワが寄るのを感じる。ああ、お母さんに怒られるんだろうな、あたし。ばかだなあ、まきちん。痛いよ。痛い。いたい。
「泣きたいなら泣けば良い。もし万が一、私に迷惑かけられないとか下らないこと考えてるんなら、ぶん殴るよ?」
「……」
「私は他人の心の機微なんか分かんない。分かりたいとも思えない。
でも、ゆかりは別。ゆかりには、なんだってしたい。私に出来ることなら、なんでも。
今、私に出来ることは、あんたを泣かせること」
「……まきちん」
「ん?」
「『ごめん』って、言われたよ。『俺、お前はちょっと、そういうふうに見られない』ってさ」
「うん」
「わかって、たんだよ。あたしが、好きになるひとって、みんな、あたしとちかいひとなんだよ」
「うん」
「『おんなとして、見られない』って。うんっ、あたしも、なんだかそういわれたら、わけわかんなく、なっちゃってさ」
「……もう喋るな」
「あたし、すきだったはず、なんだよ。こくはく、したくなるくらいに。
でも、ことわられたらさ、わかんなくなってさ」
「ゆかり」
「あたし、ほんとに、すきだったのかなあ?」
「もう良いから」
心が零れるあたしの口に、目に、まきちんは自分の薄い青のハンカチを押し当てた。逆の手で、ゆっくりあたしの頭を撫でてくれているみたい。変なの。いつものまきちんはこんなこと絶対しないよ。かっこいい、まきちん。力の強い、まきちん。
痛い、痛いよまきちん。
口も目も、心も。
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