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あれはいつのことだったか。
昔々といったほうが的確だろう。
平安の都・京。
事件は桜がとても綺麗に咲き乱れる季節の夜に起こった。
「………っ」
まだまだ幼い容貌と低い背丈の一人の少女の表情は、悲痛に満ち足りたもので憂いを帯びていた。
唇をわなわなと震わせたが、次の瞬間には必死に強がるように小さな唇を真っ直ぐに引き結んでしまう。
夜だというのに、細長(ほそなが)でもなく羽織り一枚もない直垂(ひたたれ)のままだが、不思議と寒さを感じていないようで、頬は紅潮していた。
桜は少女の上で、月光に照らされながら……ひらひらと花びらを踊らせて地に降り積もる。
しかし、少女はそれには一回も視線を巡らすことなく……ただただ、地を見つめていた。
そして、先程まで目にした悲惨な光景を瞼の裏に映し…誰にも聞こえないような、か細く、切ない声で呟く。
「……お願い………散らないで……」
何に対して呟いているのか、それは彼女も解らなかった。
そして、少女はその場から居なくなったのだった――。
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